翻訳!アメリカ大統領選2016

英語の勉強をかねてNew York Times、Politico、Wall Street Journalなど、現地メディアの最新記事を翻訳していきます。

ミスタートランプ、残念だが「強いアメリカ」はもう終わった

共和党候補ドナルド・トランプは「強いアメリカ」への回帰を強く提言する。だが、果たしてこれは実現可能なのだろうか。弱体化が顕著な昨今のアメリカ経済には、かつての急速な成長を再現する余力は残されていないように見える。しかし、トランプに熱狂する民衆にとって、そんな事実は視界に入らないようだ( www.politico.com)。

2016年の大統領選において、もっともへんてこな候補はトランプではない。こういったら、あなたは驚くだろうか。その候補の名はヴァーミン・シュープリーム(Vermin Supreme・55)。もじゃもじゃの白いあごひげと、ブーツを逆さまに頭にかぶった異様な風体がトレードマークの活動家だ。本業はパフォーマンス・アーティスト。彼の公約はもはやばかばかしい。「すべてのアメリカ国民にポニーを与える」「タイムトラベルの可能性について政府として公式な調査を行う(ヒトラーを赤ん坊のうちに暗殺するために)」、極めつけが「ゾンビが大量発生したときのための対策を講じる」。

もちろんシュープリームへの投票を真剣に考えるアメリカ国民は極めて少ないだろう。だが、有力候補たちの経済への公約をみてみると、シュープリームの公約と似たり寄ったりであることに気付くはずだ。トランプは「回帰」を、民主党候補のバーニー・サンダースは「革命」を訴え、強いアメリカをつくることを約束する。けれど、この最右翼と最左翼に位置する政治家たちの発言は、大衆扇動の域を出ない。彼らの発言が示す経済への知見は、単なる願望に過ぎないからだ。それも、誤った願望である。変化し続ける世界に「回帰」や「革命」では対抗できない。私達がすべきことは「適応」だ。

経済学者ロバート・ゴードン(Robert Gordon)は著書「The Rise and Fall of American Growth」でこう指摘する。「歴史上における無数のイノベーションは私達に水道や電気、自動車、コンピュータなどを与えたが、これほど大きな変化はもう起きることはないだろう」。同様にテクノロジー史に詳しいヴァーツラフ・スミル(Vaclav Smil)とデビット・エジャートン(David Edgerton)は共著「The Shock of the Old:Technology and Global History Since 1900」で「とりわけ第二次産業革命(電気と内燃機関の登場によってもたらされた20世紀以降の産業形態の大変動)は人類史上においてもっとも大きな変化を引き起こした。もちろんその影響力はIT革命をも上回る。馬から自動車への乗り換えは根本的な転換だが、自動車から自動運転車への変化は単なる延長に過ぎないからだ」と述べる。

ゴードンの主張はやや悲観的すぎるかもしれない。実際、現状のアメリカの生産力の向上は、彼の指摘よりもやや上向きだ。とはいっても、これまでの長期的な推移と比較すると、理想的な状態とは言いがたい。高齢化が労働人口の増加に歯止めをかけ、GDPの成長が滞っているためだ。

しかし、候補者たちは年間GDP成長率を上げると盛んに叫ぶ。事の発端はジェブ・ブッシュ。彼が2015年の2.5%から4%に上げると公約したのを皮切りに、マイク・ハッカビーは6%、そしてトランプも同じく6%を目標に掲げた。

もちろん、そんな絵空事を口にするのは共和党の候補だけではない。サンダースも同様だ。マサチューセッツ大学アマースト校の経済学教授ジェラルド・フリードマン(Gerald Friedman)は「サンダースが掲げた税収と支出のプランが実現したら、まさしくそれは経済の“黄金時代”の到来を意味します。失業率は3.8%まで激減し、平均収入は22,000ドルも増加。GDPも現在の年間2.1%成長から5.3%へと上昇します」と語る。しかし、ジャレド・バーンスタイン(Jared Bernstein)やポール・クルグマン(Paul Krugman)など他の経済学者は、サンダースの経済政策に懐疑的だ。

スーパー・チューズデーの結果を考慮すれば、総選挙はトランプとヒラリー・クリントンの対決になる公算が高い。トランプは「強いアメリカへの回帰」、ヒラリーは「アメリカをもう一度ひとつに」と叫ぶ。しかし、こと経済成長に関して、彼らの主張はあまりにも現実味がない。

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GDPについて、一度基本に立ち返ってみよう。GDPは労働者ひとりあたりの生産力と実労働時間から導かれる。1960年代において生産力は年間2.2%、労働人口は1.9%の増加で推移し、GDP成長率は4.1%だった。だが、労働統計局によると、2012年から2022年までの労働人口の増加はたったの0.5%と見込まれ、その間に労働人口は総人口の63.7%から61.6%まで減少する。つまり、もし生産力の向上がコンスタントに続いても、こうした労働市場の”老化”によって、GDP成長率は下がっていく。

それを避ける方法のひとつは実労働時間を増やすことだが、これは政治的に難しい。もしそれをすれば、社会保障制度が締め付けられ、定年年齢が上がり、多くのアメリカ人が重圧を受ける。しかも、それにもかかわらずほとんどGDPは上がらない。かつてアメリカは、女性に労働市場の門戸を開くことでGDPを大きく向上させたが、次は何ができるというのか。児童労働の解禁? ありえない。

では、移民を増やすのはどうだろう。これもありえない。カリフォルニア大学デービス校の経済学者ジェバンニ・ペリ(Giovanni Peri)の試算によると、生産力を向上させないままGDPを2.5%から4%に上げるためには、移民(もちろん、政府から正式な認可を受けた)の流入を3倍にする必要があるという。移民排斥が論点になることが多い現在の政治的状況では、明らかに不可能だ。(ジェブ・ブッシュは、富裕層への減税とともに移民を増加させれば、GDP4%の実現は可能だと言っていたが)

労働時間を増やすことも、移民を増やすことも無理となれば、ほかに何ができるだろう。大学教育やK-12数学(幼稚園から高校3年までにならう数学)などを洗練させれば、労働者の生産性や賃金はより向上する? たしかに大統領候補者たちは、こうした教育がもたらす”奇跡”を喧伝するのが大好きだ。しかし、それも詐欺のようなものだ。

儲かって、小規模で、ハイテクな(例えばプログラマーや証券マンのような)業務に関連したスキルは、ほとんどの人にとって必要ない。もし1930年代のアメリカで、「これからは電気事業が時代を牽引するから」という理由で「アメリカのすべての子供達に電気工事の方法を学ばせよう」などという政治家が現れたら、疑いようもなく大バカだ。それと同じように、すべての子供にプログラムの書き方やテック企業のローンチのノウハウを教えようとするのも馬鹿げたことだ。

本当の”未来の職業”とはSTEM(サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、数学)の知識を必要とする先端産業ではない。労働統計局の調査によると2014年からの10年間で増えていく業種は1位から順番に個人介護、正看護、在宅介護、飲食店販売員、小売、看護アシスタント、カスタマーサービス、調理師、マネージャー、土方だ。ハイテク産業が顔を出すのはようやく14位になってからである(ちなみに、アプリのソフトウェアデベロッパーだ)。

これら上位10位の職業のなかで大学以上の教育と特別なトレーニングが必要になるのは正看護とマネージャーだけ。正看護の年間平均給与は66,640ドル、マネージャーは97,270ドル(2014年)だが、それ以外の8業種は18,410ドル(飲食店販売員)から31,200ドル(カスタマーサービス)の間に収まる。

上記の労働統計局の予測を裏付けるデータがある。次の数字は、2015年1月から2016年1月までにそれぞれの業界に流入した労働者の数だ。

教育とヘルスケア:62万人

プロフェッショナルサービス(会計士、エンジニア、エンターテイメント等):62万人

ホテル・レストラン・エンターテイメント:45万8000人

小売:30万1000人

建築業:26万4000人

金融業:14万9000人

製造業:4万5000人

情報産業(通信、出版等):2万8000人

公務員:7万8000人(この数字から、保守派やリベラルがよく使う「政府は公務員に金を使いすぎて民間企業を圧迫している」という主張が嘘であることがよくわかる)

注目すべきは製造業の少なさだ。ノスタルジックなポピュリズム政治家や旧態依然のリベラルにとって、この4万5000という数字はもはや悪夢だろう。彼らは製造業の復活すれば国の経済も復活するとしばしば夢見るからである。在宅介護やショッピングモールの販売員の求人の方が、工員の求人より圧倒的に多いというのはどこかおかしい。

製造業から他の産業へのポジティブな影響は極めて大きく、また安全保障も民間、軍事を問わず製造業に大きく依存している。しかし、製造業を復興させても、半世紀前のような高給を工員に支払うことはできないだろう。製造業に重点を置く中国や日本、ドイツですら、オートメーション化によって労働人口における製造業のシェアは減少の一途をたどっている。今日においてアメリカ全体でもっとも多くの雇用を生み出している2大巨塔のはウォルマートと各州の大学・教育機関なのだ。

けれども、奇妙に聞こえるかもしれないが、将来的にほとんどのアメリカ人が工員やエンジニアになるよりも、介護士やバリスタになる方が良い結果に繋がるかもしれない。

20世紀半ばの製造業が強いアメリカを取り戻したり、シリコンバレーで行われていることをアメリカ全土に行なったりするよりも、私達アメリカ人に必要なことは、GDP低成長時代を受け入れ、福祉や医療、小売といったドメスティックな産業を伸ばすことなのではないか。それこそ、ほかの先進国がそうしようとしているように。この提案は、明るい未来を捨てろ、という意味ではない。時代ごとに適切な発展というものがある。それを自然に受け入れれば、結果的には生活水準は累積的に向上していく。もちろん、私達が焦がれる未来が非現実的なものであれば、明るい未来は遠ざかるだろうが。20世紀前半に人々が馬から自動車への乗り換えたように、21世紀には人々は空飛ぶ自動車や家庭用宇宙ロケットに乗り換えるのだろうか。バカバカしい。現実的で明るい未来は、例えばiPhoneと優れた介護を組み合わせるとか、そういった類の変化の先に待っている。

大量生産・消費型の製造業はテクノロジーの恩恵によってますます少ない労働人口で稼働するようになっており、今後も存在し続けるだろう。けれど、今後の労働市場のトレンドは「モノの大量生産」から「サービスの大量供給」へとシフトしていくと考えられる。こうしたサービス業のほとんどは高等教育を必要としない。

また、ジョン・スチュワート・ミル(JohnStuart Mill)やジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes)などの経済学者は、産業の焦点が「モノの質」から「人生の質」へとシフトしていくと予言したが、これは実際に私達の眼前で起きている。20世紀の中流家庭のステータスが自動車やマイホームだとすれば、21世紀のそれは個人や公共機関、NPOなどから提供される健康医療や教育、レクリエーションサービスを享受することだろう。

このようなシフトを念頭に置くならば、2016年の政治の論点は、次のことを前提とする必要がある。「私達は生産性を可能な限り高める必要がある」「同時に、高まった生産性がもたらす富は、その産業に関わるすべての人々によってシェアされる必要がある」。

村社会から現代的な都市文明へと発展するような劇的なシフトは、いわば1000年に一度のドラマであり、そう簡単に繰り返されるものではない。それでも、私たちはそうしたドラマを引き起こすために躍起になって奮闘し、結果として蒸気機関や半導体などが生み出されてきた。

けれど、そうした新技術がなくとも、適切に生産性が向上していけば、生活水準は向上する。インフラへの投資や新たなイノベーションは「モノのインターネット」を生み出し、私達を豊かにした。こうした技術を国境の外に持ち出せば、貧困に苦しむ地域の経済を持続可能な状態で発展させられるかもしれない。それは、やがてはアメリカ国内にも好ましい影響をもたらすはずだ。

長期的に生産性を向上させるための建設的なロードマップを示すとすれば、政府は個人を支援し、個人は公共や私設の研究開発に投資を行うべきだ。雇用問題については、在りし日の製造業の復活をめざしたり、テクノロジーに偏重した教育を行うよりも、ヘルスケアやサービス業などの成長が早く、中流家庭に必要とされる業種に多くの労働力を送り込むことが重要になる。

次に重要となるのが法律と社会保障だ。20世紀においては、農業と工業の恩恵によって、膨大な数の貧しい世帯が中流階級の仲間入りを果たしたといわれる。しかし、それは見かけほど単純な仕組みではない。最低賃金労働組合に関する法律、低賃金で移民を働かせることを禁止する法律、マイホームを購入する家族への補助金、また社会保障社会保険などがなければ、「輝かしい20世紀のアメリカ」は実現できなかった。

これを21世紀に当てはめるとどうなるだろう。つまり、サービス業など携わる無産階級を中流階級に引き上げるためには何が必要なのか。一言で述べれば、税率を高め、補助金を支給し、規制を強めることだ。

労働市場を規制して労働者の税引き前収益が上がれば進歩派は歓迎するだろう。最低賃金の引き上げや労働組合法の制定と似たようなものだ。一方で保守派は、税引き後の補助金を好むはずだ。高所得税控除やマルコ・ルビオの言う子供に関する税の控除の拡充はこれに似ている。低賃金の移民は労働市場にダイレクトに影響をあたえるため、その規制は多くの右翼の望むところだ。

ヘルスケアと高等教育についても考える必要がある。高額の補助を給付するのか、市場介入して相場を変えてしまうのか。独占禁止を訴えるのか、実利を優先した価格規制を行うのか。さらにはサンダースが掲げるような社会主義的なヘルスケアや高等教育を選択肢にいれるのか。

重要な事は、その改革案が左右どちらの陣営からもたらされたに関わらず、嘘や誇大広告を含んでいないことだ。人々の賃金が下がり、GDPの低成長が長く続くであろう時代においては、富の再分配と規制を進め、政府借り入れ金を生産性の向上に直結する投資に回すことが前提になってくる。

そう、政府はもっと借り入れし、場合によっては再分配し、必要なら規制をして、適切で、生産的な経済をつくっていくべきだ。アメリカ、ひいては世界経済に革命を引き起こすような施策は必要ないのである。

もちろん筆者は、この提案が大統領選で懸案になるとは考えていない。まず第一に、内容が地味過ぎるからだ。すぐこんな質問が飛んできてかき消されてしまうだろう。「他の候補者がGDPを6%に上げるって話をしているのに、なんでじわじわ生産性を上げる話をしなければならないんだ?」。進歩派やトランプのようなポピュリズム政治家は、政府を基点とするインフラ投資と研究開発や、政府と民間部門、大学のコラボレーションを非難するだろうはずだ。「縁故資本主義」だ、とレッテルを張りながら。一方で右派の市場原理主義者も「国家の巧みな工作」だ、と声を荒げるだろう。

 さらにいえば、この施策に必要なコストは、ほんの一部だけでも、中流層が担うべきだと考える。ここで言う中流層とは、既存のものではなく、この施策が新たに創りだす中流層のことだ。気前の良い社会福祉制度で知られる西ヨーロッパ諸国が良い例だが、通常、そうした社会福祉を支えるための税金は、富裕層だけではなく、中流層からも徴収される。金持ちが身銭を切って中流層を支える社会制度など幻想に過ぎないのだ。

自分が支払うカネが価値あるものであると気付ければ、アメリカの中流層や労働者階級は、税金が幾分高くとも支払うことに躊躇しないだろう。しかし、それを尻目にサンダースは富裕層への増税を強調する。ヒラリーは年収250,000ドル以下の世帯への増税に反対する構えだ(しかし、アメリカの世帯の平均年収は53,657ドル。250,000ドル以上の年収をもつ世帯は上位の5%のみだ)。

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現在のアメリカの政治討論の場では、上記で述べたような私達が本当に話し合わなければならないことはほとんど題目に登らない。主要な大統領候補たちは、GDPの低成長や製造業の雇用の低迷、そしてヘルスケアやサービス業の低賃金といった現代の重要な経済問題を、急進的な改革や過去への回帰で対処すべき一時的な問題と捉えている。そして、アメリカはやがて1990年代の高い生産性を取り戻し、1950年代の団結した製造業や現代のシリコンバレーの人々のような高給を得られるようになるとすら語る。しかし、私達がいま直面しているのは歴史上の抗えない潮流であり、この”新たな普通”に適応する以外に道はないのだ。

もちろん上記の提言は、GDPを6%まで上げたり、富裕層だけに増税して中流層へのヘルスケアや高等教育無償化するといった大統領候補たちの発言に比べればあまりにもぱっとしない。家族や友人、同僚との会話を華やかにするようなメッセージではない。しかし私達が今こそ話し合わなければならないことなのだ。

そんなことには耳を傾けたくないという人はどうするべきか? それならば簡単だ。自分が聞きたいことだけを話してくれる大統領候補はすぐに見つかる。国民一人ひとりにポニーをプレゼントすると宣言したバーミン・シュープリームのような大統領候補が。