翻訳!アメリカ大統領選2016

英語の勉強をかねてNew York Times、Politico、Wall Street Journalなど、現地メディアの最新記事を翻訳していきます。

「メディア」が怪物ドナルド・トランプを生み出した?

共和党候補ドナルド・トランプが大統領選への出馬を表明してからちょうど一ヶ月後、このポピュリストを生み出したのは責任は「メディア」にあるという意見が登場し始めた。以降、こういった類の議論は何度も繰り返されている。昨夏以来、「テレビ報道が燃料を投下し」(NBCニュース)、「ケーブルテレビがトランプを擁護し」(ウォール・ストリート・ジャーナル)、「保守メディアがトランプを勢いづかせ」(スレートマガジン)たといわれ、ニュースサイト「サロン」もメディアの過失を追求する記事を少なくとも3つ掲載している。(www.politico.com

 最近では、ローリングストーン誌のマット・タイビ(Matt Taibbi)は、メディアによってもたらされたトランプをめぐる一連の騒動を「ろくでもない億万長者のTVショー(a badly acted, billion-dollar TV show)」と呼び、Vox.comは「読者からのクリック数を稼げれば何をしてもいいのか」と苛立ちを示す。CBS代表取締役社長レスリー・ムーンヴス(Leslie Moonves)は、広告収入と集客のためにメディアがあえてトランプを前面に押し出していること認めた。ムーンヴスは今週の会見でこう語った。「トランプ、もっとやれ、立ち止まるな」

結局のところ、この馬鹿騒ぎによって一番得をするのはメディアだ。ほとんどのジャーナリストは自分の一挙一動がどれほど世間の先行きを左右するかなんて考えていない。大規模な調査を行なって自治体や政府の悪行を白日にさらそうが、文芸欄で世間的にはそっぽを向かれている小説を擁護しようが、どのみち大衆のリアクションはたいしたものではなく、ジャーナリストたちはがっかりするのだ。

しかしながら、メディアが昨今のトランプ旋風を生み出した動機が、完全に自分たちが得をするためだけだったのか、というと議論の余地がある。2016年の大統領選の以前から、トランプはすでにメディアの大物で、ほかの共和党候補よりも圧倒的に認知度が高かった。誰もが納得するところだが、トランプは自分のメディア露出が最大限になるように、非常に賢く立ち回っている。ニュースがトランプを報じる理由はその無法者のような振る舞いだったり、型破りな政策だったりさまざまだ。そしてそれを求め、喜ぶのは大衆なのだ。もしもあなたがトランプに反感を覚えるなら、トランプ自身ではなく、それを支持する大衆を非難すべきだ。もしも誰も彼を支持しなければ、彼はすぐにでも負け犬が集う共同墓地(the potter’s field)に直行することになるからだ。

筆者の上記の発言は間違っているのだろうか。メディアは大統領候補トランプを作り上げ、それを大衆に押し付けた? そんなピグマリオンのような離れ業が可能なのだろうか? もしもあなたが陰謀論の仕掛け人で、トランプのような扇動者を作り上ようともったら、どんな方法をとるだろう。まず手始めに、あなたの計画を実行する「器」を準備する必要がある。だが、この陰謀に複数の人間が関わった場合、あなたはどうやってほかの参加者を納得させて、ひとりの「器」に絞り込めばいいのだろう。もしメディアが結託してひとりの大統領候補をつくりあげようという企んでいるのなら、その計画は本質的に不安定だ。そして、それぞれのメディアが競い合うことで、結局計画は崩壊してしまうだろう。それはさておいて、筆者が見る限りでは、2016年の大統領選においてそういった陰謀の形跡はない。Foxニュースでさえ、どの候補にも特別なひいきはしていない。むしろ、私の目には、メディアは、トランプを作った、というより、トランプを破壊しようとしているように見える。

さらにいえば、もしも多くのメディアが陰謀を企てて長期にわたって結託していたとしたら、結局そのメディアはみな中道になっていくのではないだろうか。そういったメディアはトランプのようなタイプを御するのは難しい。卑屈で腐敗したメディアはトランプの格好の攻撃の的だからだ。もちろん、腰抜けが大統領になるのならばトランプが大統領になるようほうが幾ばくかマシだろう。だが、そういったタイプは私利私欲が強い。始めは自分を作りあげたメディアを後援していたとしても、やがては私利私欲のために、そうしたメディアを排除しはじめるだろう。どちらが主人でどちらが従者なのか。ミイラ取りがミイラ、のような話だ。

では、メディアが意図的に大統領候補を作り上げるのは難しいとしても、偶発的にそうなってしまうことはありえるのだろうか。これは記事の冒頭で紹介した評論家たちが指摘していた現象に近い。トランプはあきらかにもっともカリスマがあり、もっとも論争の絶えない候補だ。メディアはその一挙一動に注目するあまり、他の候補の報道がおろそかになっているということはないだろうか。トランプが目立てば目立つほど注目が集まり、他の候補たちへの関心は薄まる。次に彼らがニュースになるのは、次の冬あたりに、ビタミンD欠乏で死亡した時くらいかもしれない。

 この「トランプ偶発誕生説」の問題点は、トランプに集まる関心の多くがネガティブなものであるということだ。つまり、彼の個人的な、政治的な、職業人としての弱点である。そうなると、トランプほどメディアから好かれる候補はいない。彼は常に批判と物議の材料を提供し続けてくれるからだ。大統領候補が過去に行なってきた善行を根掘り葉掘り(それこそ靴底をすり減らしながら)調べだして報じるリポーターはほとんどいない。ジャーナリストは救助犬というよりも人喰鮫に近い存在なのだ。彼らの本能は、うじゃうじゃとした群れをつくり、破壊の限りをつくすこと。確かにトランプはテレビ番組の「公開処刑」を比較的無傷で乗り切ってきたが、これはジャーナリストが臆したというよりも、トランプの口が達者であるがゆえのできごとだ。

また、「トランプ偶発誕生説」に則れば、トランプは彼の立候補に必要なエージェンシーを一切確保できないことになる。トランプが12月中旬までに2億3400万ドルにも上るとされる金銭を得たと報じた「free TV」を民衆は非難したが、彼らは「free TV」のようなフリーメディアは空白には入っていかないということを無視している。トランプは1987年以来12冊のベストセラーを著しており、そのなかには彼が大統領に就任した際の未来図となり得る「私達にふさわしいアメリカ(The America We Deserve)」も含まれる。また、トランプは彼の政治家としての立ち位置を強化するための、さまざまな政治的キャンペーンに恒常的に寄付を行なってきた。また彼はメディアの「文脈」を熟知した、優れたテレビタレントでもある(そうしたスキルは彼の看板番組「The Apprentice」で培ったものだろう)。非共和党の主流を支持するなど、多大なリスクを犯しながらトランプは因習にとらわれない政治的キャンペーンを行ない、自分の立ち位置をほかの共和党候補とは一線を画すものにしてきた。彼は自分が強欲で自己矛盾に満ちた存在であることを認めることでメディアを黙らせ、民衆にはポジティブで愉快なキャンペーンを提供してきた。また、トランプはジャーナリストからのインタビュー(しかもカメラが回っていない場所のものも含め)に気安く応じた。思い出して欲しいのは、トランプは2007年の段階で、「トランプステーキ」という冷凍肉ビジネスに着手し、全国的な知名度を獲得していたということだ。宣伝はタダではない。他の候補は少なくともトランプよりももっと宣伝に力を注ぐべきだろう。

メディアに介在するある種のイデオロギーが共和党を貶めるためにトランプを生み出したという側面はあるだろう。 ジェブ・ブッシュがツイッター上で主張することには、トランプは革新派の政治家とメディアの陰謀でつくられたという。その目的ももちろん、共和党を貶めるため、そしてヒラリーを当選させるためだ。このリベラルがトランプをつくったという説の問題点は、デイビット・レムニック(David Remnick)やルース・マーカス(Ruth Marcus)、フランク・ブルーニ(Frank Bruni)といった革新派の主要な論客たちが「トランプを押し出そう」と企んでいるようには見えない点である。彼ら全員がトランプに対して軽蔑を込めた視線を送っている。さらに、革新派はそんな陰謀を張り巡らせられるほど賢くないし、保守派はそれに騙されるほど馬鹿でもない。

左派は、一連のトランプ現象のすべての責任は右派メディアにあると民衆に信じこませたいようだ。何人かの思想家はトランプの行き過ぎはラッシュ・リンボー(Rush Limbaugh)などの右派の責任だと指摘するが、すべての責任を右派に押し付けるのは間違いだ(先日、ナショナルレビュー誌がトランプに宣戦布告をしたことがその一例だ)。

そこには活気のない不平不満がある。「メディアにはトランプを追求する責任がない、だからトランプは自分自身をつくり上げることができる」。この指摘にはメリットがない。全員が、それこそニューヨーク・タイムズからブルームバーグニュース、ワシントン・ポストパルチザンプレス、ポリティコまでが、トランプのビジネスの実態やその馬鹿げた発言をくまなく監視してきた。メディアは確かにトランプネタの集客力に助けられているかもしれないが、どのメディアもトランプを利するような投資は行なっていない。むしろ最新のイデオロギー分布の推移を鑑みれば、トランプが11月の総選挙で当選するチャンスは皆無だ。

もしもあなたが保守的なメディアの読者ならば「トランプの躍進はメディアの強力な影響力あってのものだ」という意見に疑問を抱くだろう。悲しいことに、むしろ逆なのだ。メディアの無力さゆえにトランプの躍進があったのである。そして、これは我々メディア人が読者にぜひとも考えていただきたい問題である。最後にひとつの問いかけをして筆を起きたい。メディアがトランプを作り上げられたとしたら、何度も何度も「トランプは勝てない」と報道するだろうか。